ADHDうっかりママのポンコツ平常運転。

ADHD不注意型 うっかりママblackyの日常について

ADHD多動力をいかすキャリアデザイン。計画された偶発性


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ネット・SNSでの出会いは危険?それでも私は会う。

インターネットやSNSで知り合った人と実際に会うことは危険だと思いますか?

実際、出会い系サイトアプリ、ネットの掲示板でのことからトラブル、事件事故につながることも少なくないですね。

 

それでも私はオンラインで出会った人に実際に会うのは面白いことが起こると思います。

 

今回、Twitterで見つけた人と会いました。

 

なぜ私がとぅーーるさんと会ったのか?その理由をキャリア形成の観点から考えます。

 

大学生ブロガーだったころ

ブログを始めた

大学生デビューし、パソコンを使うようになると、私はブログをやるようになりました。

 

ちょうどブログが流行り始めたころで、最近結婚で話題になったはあちゅうさんがまだ大学生ブロガーだったころのことです。

 

当時はブログのランキングで上位になることが評価される時代でした。私もブログのランキングに登録していましたが、順位は下位でした。ランキングを上げるために、私は他のブロガーさんと交流することにしました。

 

オフ会に参加する

他の大学生が運営するブログを読み、コメントしていくうちに、数人の大学生ブロガーと親しくなるようになりました。

 

当時、SNSのmixi(ミクシー)も流行り始め、オフ会という言葉も広まってきたころ。親しくなったブロガー(Aさん)から「オフ会しませんか」と誘われました。その人は男性で、参加を悩みました。けれど、

  • ブロガーAさんは、大学名や所属サークル名などのプロフィールを公開している
  • 昼間にお茶する話だったので、トラブルも起こらなさそう

私は問題なさそうと判断し、オフ会に参加することにしました。ブロガーAさんの文章が面白くて会いたかったのもあります。

 

オフ会には男性が数名参加して、女性は私ひとりでした。とはいえ健全なもので、昼間にファミレスか何かで数時間おしゃべりをしただけ。参加者の共通項は経営・起業を学んでいることだったので、「将来、経営したい。起業したい。」と語り合いました。

 

与沢翼さんと出会う

そのオフ会は楽しく終わり、またブロガーAさんから「与沢翼さんの株のサークルの飲み会に参加しない?」と誘われました。

当時、与沢翼さんは大学生ブロガーで人気の人でした。前回が楽しかったので、私は参加しました。

 

与沢翼さんは、細身でスーツが似合いオーラのある人でした。飲み会で、与沢翼さんは「仲間と会社を立ち上げる予定」と熱く語ってました。

 

その後、与沢翼さんはギャル系に特化したアパレル会社を設立しネット販売を始めました。当時はまだeコマースがそこまで浸透していなくて、服をネットで販売することは革新的なことでした。

与沢翼さんの会社は大ヒット。急成長し、従業員も増え、会社を移転しました。

 

また、ブロガーAさんは、経営をさらに学ぶために大学院に進学しました。

 

一方、私はというと経営の道から離れ、公務員へ。IT関係に就職したいと思っていたけれど、親のプレッシャーで公務員を選びました。与沢翼さんとブロガーAさんの活躍を見ていて、私は悔しかったです。

 

社会人になり

私は普通の人生を歩む

ブロガーAさんは大学院生を経て大手企業に就職しました。私は結婚して子供ができました。二人とも順当な人生でした。

 

秒速で1億円稼ぐ男に

与沢翼さんは、アパレルの会社で実店舗を複数構ええるように成長しましたが、その多くがのちに閉店。アパレルの会社は倒産し負債を抱えます。その背景には、内紛や裏切りがあったようです。

 

与沢翼さんは倒産する前にアフィリエイトの会社を創業し「秒速で1億円稼ぐ男」として有名になりますが、暴行事件や会社の破綻状態が明るみになりました。

 

私は与沢翼さんのニュースや噂を見聞きするたびに、違和感を覚えました。ブロガーAさんが、与沢翼さんについて「仲間思いの熱い人」と話してくれていたからです。

 

自分のキャリアを考える

適応障害で休職

育休復帰後、時短勤務をしながら家庭と仕事を両立させて頑張っていました。しかし、新しいプロジェクトが始まると、通常業務を担当する私の仕事量が急に増えて両立が困難にに。ストレスで私は突発性低音難聴を発症し、適応障害で休職しました。休職したときに医師に自分のADHDのことを相談しました。

 

ブログを通じて再開

休職した私はこのブログを始めました。ブログをやっていると、大学生ブロガーだったころを思い出しました。私はブロガーAさんの名前をインターネットで検索してみました。

 

すると、サラリーマンのはずのブロガーAさんは、起業し会社を経営していました。

 

私は驚き、ブロガーAさんに連絡をとってみました。5年以上連絡をとっていなかったのですが、私のことを覚えてくれていてお茶をすることになりました。

 

再会し、お互いのこれまでのこと、近況について話しました。かつて「起業したい」と夢を語っていたブロガーAさんは、経営者になり、夢を叶えていて私にはまぶしかったです。

 

自分のキャリアを見直す

ブロガーAさんに再会したことで、私は『自分がやりたいことは何だろうか?』と自分のキャリアについて考えるようになりました。

 

ブログを通じてパラレルキャリアやフリーランスという道もあることを知り、「もっと主体的に行動したい」と思い、公務員を退職しました。

 

退職した私は、横浜ワーキングマザーの会を知人とともに始めます。活動の中でママの話を見聞きするようになり、ワークキャリアとライフキャリアについて関心をもつようになりました。

 

人との出会いにより人生が変わるf:id:blacky96star:20181121142242j:image

与沢翼さんの昔と今

先日、ブロガーAさんが講演するというので行ってみました。講演後、ブロガーAさんと話したら与沢翼さんの話になりました。

 

与沢翼さんは、ネオヒルズ族を名乗りフェラーリ乗り回し、株や不動産で稼いで成り上がったことばかり、メディアやネットでクローズアップされます。

けれど、ブロガーAさんは、「与沢翼さんは仲間思いで熱い人だったこと」、それから「人間関係での問題により与沢翼さんがひとりで事業をするようになったのかもしれない」と話してくれました。

 

それから、与沢さんは勉強熱心で努力する人で、そんな姿勢が「大学院進学や起業といったキャリア選択にも影響したかもしれない」とブロガーAさんは話してくれました。

 

今、与沢翼さんは結婚し子供もいて海外で暮らしています。彼の派手な暮らしぶりに世間は注目しますが、私は与沢翼がブログで奥さんや子供の写真を見かけると、家族を大切にされていて嬉しいです。何となく与沢翼さんの雰囲気を思い起こし、自由に生きている姿が格好良いと思います。

 

計画された偶発性によりキャリアは変わる

私はブロガーAさんにすすめられ、ビジネススクールに通うことにしました。ちょうどスクールの講座内容も関心のあるキャリアデザインについてです。

昨日はスクールの最初の日。講義で『計画された偶発性』という言葉を知りました。

 

計画的偶発性理論とは?

今回はキャリア理論の中の代表的な考え方の一つである「計画的偶発性理論/計画された偶発性理論(プランドハップンスタンスセオリー)」についてご紹介しましょう。スタンフォード大学のジョン・D・クランボルツ教授によって提唱されたこの理論は、「個人のキャリアの8割は予想しない偶発的なことによって決定される」とし、その偶然を計画的に設計して自分のキャリアを良いものにしていこう、というキャリアパスに関するポジティブな考え方です。

出典 All About キャリア形成に生かせるポジティブな理論

 

偶然の出来事で人生は変わります。大学生のころブログを始めたこと、それから実際にブロガーさんに会ったことは、たまたまでしたが、私のキャリアを変える出来事になりました。

フリーの道を選んだのも、ブロガーAさんと与沢翼さんにたまたま会ったことにも影響を受けています。

 

人生は偶然の出来事、出会いにより変わります。

偶然というものは、自らの行動によるものではありません。

けれど、自ら新しい出会いを求め偶然を増やすことはできます。知らない人と出会うことは、人生の可能性を広げ、チャンスを増やすことになります。

 

ADHD多動力を生かす

偶然の出来事、出会いが悪い結果を起こしてしまうリスクを私は知っています。

けれど、私はADHD。リスクをかえりみずに衝動的に行動してしまうし、好奇心が旺盛でつい行動してしまいます。発達障害なのでどうせ多動は直らない。それならば、その多動力を生かすほうがいい。

 

『予期せぬ出来事、想定外の出会いを計画することでキャリアを良いものにできる』と私は信じたい。

 

私が見ず知らずの若者に会った理由

さて、Twitterで見つけたとぅーーるさんと私は会いました。

彼に会ったのは、知らない人に会うことで人生のチャンスが生まれると思うからです。

 

昨日の出会いにより私の人生が変わらないかもしれないし、将来が変わるのかもしれません。

 

それから、とぅーーるさんも人生が変わるのかもしれません。

元ヤンのとぅーーるさんは「歴史にのりたい」と語っていましたが、さてどうなるのでしょうか?元ヤンの与沢翼を越えるのでしょうか?

 

それは将来のお楽しみです。